(森沢明夫、徳間文庫)
「あたしの好みはーー。せやなぁ、ど田舎とはいえ、一応あたしも関西の人間やし、やっぱ大阪のおばちゃんみたいな感じの人かなぁ……。」
「大阪のおばちゃんって」
もちろん冗談だと思って俺は笑った。ところがパン子は、冗談を言ったつもりなど毛頭ないようで、淡々と続けたのだ。
「ようするにアレや。打算とかナシで、ただ、自然とおせっかいを焼いちゃうタイプの人やな」
「………」
「泣いとる子がおったら、当然のように近づいていって、『あらあら、どしたん?おばちゃんがおるから大丈夫やでぇ』って飴ちゃんを握らせる感じ?」
「大切なものをしっかり包み込んでコトコト煮てると、包んだ方も、包まれた方も美味しくなるのがロールキャベツでしょ?」
「うん……」
「パン子のお母さん、その様子を見て、『ロールキャベツって仲良しな親子みたいで好きやわぁ』って言って、パン子のことをいつも『ぎゅうう』って抱きしめてくれてたんだって。だからパン子は、いまでもロールキャベツを見ると、その言葉とシーンを思い出して、無条件に愛おしくなっちゃうみたいなの」
「そしたら、たまたまだけど、いまの日本の子どもって、ほぼ六、七人に一人が貧困家庭で育てられて、充分にご飯を食べられないでいるってことを知ったんだよね」
貧困には絶対的貧困と相対的貧困がある。相対的貧困は、国平均の水準を下回っている状態。
OECDによると、2021年の日本の相対的貧困率は15.7%。
「あはは。せやね。でも、ほら、あたしはさ、事故で亡くした両親に、色んなことを伝えられないまま永遠に会えなくなったんよ」
「…………」
俺は、すぐには返事ができなかった。
するとパン子は、ふたたび星空を見上げた。
「多分、やけどーー、誰かに伝えたいことを伝えられるって、それだけできっと幸せなことやん?」
この台詞を耳にしたとき、一瞬、呼吸を忘れた気がした。
言葉の意味
- 年子…1歳違いの兄弟。
- パナマハット
- 天使のはしご…雲の隙間から差し込む太陽。
- 狼狽する…あわてふためくこと。
- ステアリング…ハンドル。
- 狸寝入り…寝たふり。
- 丑三つ時…午前2時~2時30分の間。
- 水入らず…内輪の親しい間柄の者だけで、他人を交えないこと。
- 面映ゆい(おもはゆい)…照れくさい。
- 傍若無人…人のことを気にかけず勝手に振る舞うようす。
- 勘当(かんどう)…親が子との縁を切ること。
- 鼈甲柄(べっこうがら)
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